戦前の三大怪奇スター
「知ってのとおり、俺って昔のものにハマるたちでボリス・カーロフの大ファンでさ。」 - カーク・ハメット談 - |
ボリス・カーロフ
Boris Karloff(1887-1969)
略歴
1887年、イギリスのロンドンに生まれる。カナダ、アメリカと渡り、サイレント映画時代に脇役として多くの映画に出演。1931年に『フランケンシュタイン』のモンスター役として起用され、世界的怪奇スターとして知られるようになる。翌1932年には元祖ミイラ映画となる『ミイラ再生』で主演。1935年に『フランケンシュタインの花嫁』、1939年には『フランケンシュタインの復活』でも同じ怪物役として出演。1940年代前半は映画界から離れ、舞台劇で名声を博した。第二次世界大戦後も怪奇映画の大御所俳優として晩年まで俳優活動を続けた。私生活では6度も結婚をしている一方、慈善活動に熱心で1940年以降、ボルチモア病院でサンタクロースに扮して障害児たちにプレゼントをあげていた逸話もある。
フランケンシュタイン
フランケンシュタインの典型的イメージを初めて演じられた名作(本来はフランケンシュタイン博士が作った名のない怪物)。怪物役は三大怪奇スターの一角、ベラ・ルゴシが演じる予定だったが、ルゴシが台詞のないこの役を断ったため代役としてカーロフが指名された。本作は好評を博し、続編が製作されている。
ロン・チェイニー(シニア)
Lon Chaney, Sr.(1883-1930)
略歴
1883年、アメリカのコロラドで生まれる。両親が聾唖者だったことから、幼くしてパントマイムを覚えたといわれる。1902年演劇界入り。1906年、16歳の歌手クリーヴァ・クレイトンと結婚、一子をもうける。(息子、ロン・チェイニー・ジュニアも映画界で活躍。代表作『狼男』(1941年))夫婦仲が原因とされる自殺未遂スキャンダルから演劇界を去り、映画界に進むこととなる。しばらく低待遇の契約に甘んじていたが、契約終了後に下積みから評価を高めた。1919年の『奇跡の男』にて演技とメイクアップの才能も認められ、後に「千の顔を持つ男」と称された。代表作は『ノートルダムのせむし男』(1923年)、『オペラの怪人』(1925年)。1930年、肺癌を悪化させ死去。
ベラ・ルゴシ
Béla Lugosi(1882-1956)
略歴
ハンガリーで四男坊として生まれる。1920年、アメリカに移民として渡り、ブロードウェイの舞台でドラキュラ役が当たり役となる。1931年『魔人ドラキュラ』に主演し、ハンガリー訛りの英語、品格のある風貌、黒スーツに黒マントの吸血鬼ドラキュラの典型的イメージを強烈に植えつけた。自身もドラキュラ俳優として怪奇スターの仲間入りを果たす。『黒猫』(1934年)ではボリス・カーロフとも共演している。その後も怪奇スターとして活躍したものの、高齢とハンガリー訛りによる英語下手が災いし、しだいにマイナー映画への出演が増え人気も衰えていった。私生活では5度の結婚を経験、戦争の古傷を癒すため始めた薬物の依存症に陥った。心臓発作で死去。ドラキュラ伯爵の衣装で埋葬された。